山田 茂
代表取締役社長 社長執行役員
物差しを、変えなかった。

概要
コスモエネルギーホールディングス株式会社の代表取締役社長 社長執行役員、山田茂氏。2023年4月に社長へ就き、在任は3年5か月にあたる。
同社の第7次連結中期経営計画は、2023年度から2025年度までの3年間を対象としていた。山田氏が社長に就いたのは、この計画が始まる、まさにその月である。本人は統合報告書にこう書いている。
第7次中計のスタートとともに社長に就任し2年が経ちましたが(後略)
2026年6月24日に提出された有価証券報告書には、その3年間の答えが1ページにまとまっている。8つの分類に13の指標が並び、収益性・資本効率性・財務健全性・株主還元・DX・HRXの6分類、11の指標に「達成」の印がついた。
数字で見ると、目標と実績の距離はこうなる。
| 指標 | 目標(2025年度) | 実績 |
|---|---|---|
| 経常利益(在庫影響除き) | 1,650億円 | 1,657億円 |
| 当期純利益(在庫影響除き) | 600億円以上 | 855億円 |
| ROE(在庫影響除き) | 10%以上 | 14.4% |
| ROIC(在庫影響除き) | 6%以上 | 8.2% |
もっとも目を引くのは、いちばん上の行である。3年前に掲げた1,650億円に対して、着地は1,657億円。差は7億円、率にして0.4%にあたる。
この3年で、外側の評価も変わった。PBR(株価純資産倍率)は第6次中計期間の平均0.6倍から、第7次中計期間の平均1.1倍へ。信用格付けは日本格付研究所(JCR)と格付投資情報センター(R&I)の双方でA−からAへ上がった。株主還元は3か年累計1,000億円の計画に対し、1,472億円を実行している。
いっぽう、同じページには「未達」と記された欄がひとつある。New領域への投資で、3か年累計1,400億円の計画に対して実績は550億円だった。会社はこれを次のように総括している。
第7次中計で掲げた経営目標は概ね達成。投資については事業環境の変化を踏まえ戦略的に見送り。
編集部が注目したのは、この「見送る」という判断と、11の目標を達成した判断とが、同じひとつの言葉から出ていることである。山田氏が繰り返し使うその言葉は「経済合理性」という。
忘れてはいけないのが経済合理性を追求するということです。
物差しを、変えなかった。それがこの3年の輪郭だと編集部は読んだ。
経歴
有価証券報告書(第11期・2026年6月24日提出)の「役員の状況」に記載された略歴は次のとおり。
| 時期 | 役職 |
|---|---|
| 1988年4月 | コスモ石油株式会社 入社 |
| 2015年6月 | 同社 供給部長 |
| 2018年4月 | 当社 執行役員 経営企画部長 |
| 2020年4月 | 当社 常務執行役員 |
| 2020年6月 | 当社 取締役(常務執行役員) |
| 2023年4月 | 当社 代表取締役社長(社長執行役員)(現任) |
1965年11月7日生まれ。1988年、合併して間もないコスモ石油に入社した。本人は入社後の歩みをこう振り返っている。
営業を始まりに、35年にわたり供給、経営企画などでさまざまな業務に携わってきました。
とりわけ印象に残った経験として、2つを挙げている。ひとつは供給部門である。
同部門では、原油の輸入から精製、販売、物流に至るまでの全体の流れを俯瞰しながら、石油製品の需要と供給を把握し、瞬時に判断して調整することが求められます。この経験が、全体観とスピード感を両立させながら判断することの礎になっていると思います。
もうひとつは、2011年の東日本大震災による千葉製油所のLPGタンク爆発火災である。
当社グループが安全に対して極めて強い思いを持って経営資源を投下するとともに、現場で地道な努力を積み重ねてきた背景には、この火災の教訓があります。
🔑供給部門での「全体を見て瞬時に判断する」経験と、火災の教訓としての「安全」。本人が語る2つの原点は、のちに経営目標の判断基準としてそのまま現れることになる。
会社データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | コスモエネルギーホールディングス株式会社(COSMO ENERGY HOLDINGS COMPANY, LIMITED) |
| 証券コード | 5021(東京証券取引所 プライム市場) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 本店 | 東京都中央区京橋一丁目7番1号 |
| 報告セグメント | 石油事業/石油化学事業/石油開発事業/再生可能エネルギー事業/その他 |
| 従業員数 | 連結6,675名(2026年3月31日現在・平均臨時雇用者数3,365名は外数) |
| 売上高 | 2兆6,775億82百万円(2026年3月期・連結) |
| 営業利益 | 1,448億円(同) |
| 経常利益 | 1,492億47百万円(同) |
| 親会社株主に帰属する当期純利益 | 740億23百万円(同) |
| 自己資本利益率(ROE) | 12.4%(同・会計上) |
| 自己資本比率 | 27.6%(同) |
2026年3月期のセグメント別の利益(会計上)は、石油事業が763億円(前期比145億円増)、石油開発事業が653億円(同171億円減)、再生可能エネルギー事業が28億円(同15億円増)、石油化学事業が31億円の損失(前期は50億円の損失)である。石油事業については、有価証券報告書に「在庫評価の影響を除くセグメント利益は928億円(前期比+2億円)」との注記がある。
⚠️同社の経営目標は「在庫影響を除く」数値で設定されている。原油価格の変動が在庫の評価額に与える影響を取り除いた、いわば実力値にあたる。上の表の会計上の数値とは基準が異なるため、本記事では両者を混ぜずに表記を分けている。
人物の軌跡
答え合わせ①:3年前に掲げた1,650億円に、1,657億円で着地した
第7次連結中期経営計画は2023年3月23日に公表された。スローガンは『Oil & New 〜Next Stage〜』。基本方針は「収益力の確保」「成長に向けたNew領域の拡充」「三位一体の資本政策実現」「経営基盤の変革」の4点である。
収益の目標について、第8期から第10期までの有価証券報告書は同じ文面でこう説明していた。
Oil事業における構造改善に加え、New事業の収益拡大により1,400億円(2022年度業績予想値、第7次連結中期経営計画公表時点)から250億円の増益を見込んでおり、在庫影響を除く経常利益は2025年度において1,650億円を目指しています。
起点の1,400億円は2022年度の業績予想値であり、そこから250億円の増益を見込む形で1,650億円が置かれていた。3年後の実績は1,657億円である。
🔑目標の水準と実績の差は7億円、0.4%だった。最終年度にあたる2025年度は、外部環境が大きく動いた年でもある。有価証券報告書によれば、原油価格(ドバイ原油)は期初1バレル75ドル台から下落したのち、米国の対ロシア制裁の動き等で一時上昇し、その後も下落基調で推移したが、期末には中東情勢の緊迫化を受けて121ドル台まで上昇した。為替も期初1ドル149円台から期末159円台へ動いている。
⚠️この一致をもって「見通しの精度が高かった」と断じることはできない。会社は2025年度の当期純利益について「中東情勢緊迫化による原油価格高騰によるタイムラグ影響等の特殊要因が含まれており」と説明している。編集部としては、幅のある環境のなかで目標付近に着地した、という事実の記述にとどめる。
答え合わせ②:13の指標のうち、11に「達成」がついた
2026年6月24日提出の有価証券報告書には、第7次中計の13の指標を並べた図が掲載されている。分類ごとの結果は次のとおり。
| 分類 | 指標 | 目標(2025年度) | 実績 | 判定 |
|---|---|---|---|---|
| 収益性 | 経常利益(在庫影響除き) | 1,650億円 | 1,657億円 | 達成 |
| 収益性 | 当期純利益(在庫影響除き) | 600億円以上 | 855億円 | 達成 |
| 資本効率性 | ROE(在庫影響除き) | 10%以上 | 14.4% | 達成 |
| 資本効率性 | ROIC(在庫影響除き) | 6%以上 | 8.2% | 達成 |
| 財務健全性 | ネットD/Eレシオ | 1.0倍 | 0.7倍 | 達成 |
| 財務健全性 | 自己資本 | 6,000億円以上 | 6,062億円 | 達成 |
| 株主還元 | 配当 | 100円/株以上 | 165円/株(予定) | 達成 |
| 株主還元 | 総還元性向(在庫影響除き) | 60%以上(3ヵ年累計) | 60%(予定) | 達成 |
| DX | データ活用コア人材 | 900名創出 | 1,194名創出 | 達成 |
| HRX | エンゲージメント指数 | 60ポイント以上 | 64ポイント | 達成 |
| HRX | 人的資本投資 | 18万円/人 | 18万円/人 | 達成 |
| 将来投資 | New領域への投資 | 1,400億円(3ヵ年累計) | 550億円(3ヵ年累計) | 未達 |
| GX | GHG排出削減(2030年度・対2013年度比) | ▲30% | ▲19.0% | 進捗中 |
※目標と実績は、第11期の有価証券報告書(2026年6月24日提出)に掲載された図、および第8次連結中期経営計画の説明資料(2026年6月18日)に基づく。判定(達成/未達/進捗中)は会社が付したものである。経常利益・当期純利益・ROE・ROIC・総還元性向は、いずれも在庫影響を除く数値である。
⚠️配当の目標について。2023年3月の公表時点の目標は「200円/株を下限」だった。同社は2025年10月1日付で普通株式1株につき2株の割合で株式分割を実施しており、上の表の「100円/株以上」は分割後に換算した数値である。目標が引き下げられたわけではない。実績の165円/株も分割後の数値で、分割前に換算すると330円にあたる。
答え合わせ③:外からの評価が2つ動いた
3年間で、社外からの評価を示す指標が2つ動いている。
ひとつはPBR(株価純資産倍率)である。会社が第8次中計の説明資料に載せた推移によれば、第6次中計期間の平均は0.6倍、第7次中計期間の平均は1.1倍だった。2026年3月末時点では1.2倍である。第7次中計の初年度にあたる2023年度の有価証券報告書には、こう書かれている。
当連結会計年度において、ROE及びPER向上の取組を加速し、PBR1倍について早期に達成いたしました。
山田氏は就任初年度の統合報告書で、東京証券取引所による開示の要請に触れながら次のように書いている。
東京証券取引所の上場企業は、PBRが継続して1倍を下回る場合、改善の取り組みや進捗状況の開示を要請されていますが、当社はそれに先駆けて企業価値に対する考え方を示すことができました。
もうひとつは信用格付けである。JCRとR&Iの双方で、2022年度のA−から2025年度のAへ1段階上がった。同時期にネットD/Eレシオは1.1倍から0.7倍へ改善している。
利益の水準も、期間の平均で見ると段差がある。在庫影響を除く当期純利益は、第6次中計期間の平均563億円に対し、第7次中計期間の平均は824億円だった。
答え合わせ④:株主還元は1,000億円の計画に対して1,472億円
三位一体の資本政策——株主還元・財務健全性・資本効率のいずれも欠けることなく実行する——は、第7次中計が掲げた基本方針のひとつである。
3か年の総還元額は、計画1,000億円に対して1,472億円になった。1株あたり配当は中計目標の100円/株以上に対して165円/株(いずれも分割後換算)。2025年度には配当に加えて取得総額250億円の自己株式取得を実施し、単年度の総還元性向は61%となっている。
資本効率も、期間を通じて上がった。
| 指標 | 2022年度 | 2025年度 |
|---|---|---|
| ROE(在庫影響除き) | 10.7% | 14.4% |
| ROIC(在庫影響除き) | 6.1% | 8.2% |
| ネットD/Eレシオ | 1.1倍 | 0.7倍 |
※2022年度と2025年度の対比は、第8次連結中期経営計画の説明資料に会社が掲載した数値である。ROEとROICは在庫影響を除く。
🔑ROEは3年のうち2年目(2024年度)にも目標を超えている。2025年6月提出の有価証券報告書には「堅調な収益を背景に2年連続で連結中期経営計画の目標であるROE10%以上を達成いたしました」と記載されている。
答え合わせ⑤:達成を支えたのは、稼働率91%のOil領域だった
何がこの3年の収益を支えたのか。会社の総括資料は、第一に製油所の稼働率を挙げている。
2022年度から2025年度までの4年平均(CDベース)で、業界平均77%に対して同社は91%。14ポイントの差がある。統合報告書で山田氏はこう説明している。
石油事業では、2013年に坂出製油所を閉鎖し戦略的に供給能力を削減した一方、2019年にキグナス石油への供給を開始し、国内需要が減少する中で販売が供給を上回るショートポジションを確立しました。
製油所では従前より取り組んできたOMSに加えて、業界に先駆けてデジタルプラント化を推進し、DXの取り組みを進めてきた結果、2019年以降は業界平均を大きく上回る高稼働・高効率操業を実現しています。
石油開発事業でも動きがあった。アラブ首長国連邦のヘイル油田で水攻法による油層圧力の回復に成功し、2024年12月から増産が始まっている。グループの原油生産量は2022年度の40kB/Dから2025年度の43kB/Dへ増えた。
構造改善も並行して進んだ。2024年度に韓国のパラキシレン合弁事業を解消して株式を売却し、丸善石油化学のエチレン生産最適化を決定している(実施は2026年度内)。
答え合わせ⑥:本人は2年目の時点で、達成の道筋を先に宣言していた
編集部が最も重く見たのは、統合報告書2025(2024年度時点)に置かれた次の一文である。
(前略)第7次中計の最終年度となる2025年度は、中計策定段階で描いていたとおり「Oil & New」のOil領域でしっかりと収益を上げることで、中計目標の達成を実現します。
最終年度が始まる前に、どこで目標を取りにいくかが明言されている。
そして実際、2025年度の収益はOil領域が大半を占めた。在庫評価の影響を除く石油事業のセグメント利益は928億円、石油開発事業のセグメント利益は653億円で、合計1,581億円にあたる。在庫影響を除く経常利益1,657億円に対して、この2事業で約95%を占めている計算になる。
⚠️ただし、石油事業の在庫影響を除く利益は前期比+2億円で、水準としてはほぼ横ばいである。会計上のセグメント利益(763億円・前期比+145億円)とは基準が異なる。編集部としては「Oil領域が収益の大半を担った」という構成の事実にとどめ、増益の主因を特定することはしない。
同じメッセージで、山田氏は2年目の状況をこう記している。
2年目となる2024年度は、New領域の施策の一部で見直しが必要となったものの、Oil領域を中心に施策を着実に実行し、全体としては計画どおりに進めることができました。収益の観点からも、第7次中計3年間の2年目で到達すべき計画はおおむね達成できている状況です。
🔑「どこかが計画どおりに進まないとき、どこで取り返すか」を先に決めて、公表していた。編集部はここに、供給部門で培ったという「全体観とスピード感を両立させながら判断する」姿勢の延長を読む。
答え合わせ⑦:New領域は、投資の時期を選び、事業は前に進んだ
New領域への投資は3か年累計550億円だった。計画は1,400億円である。
第7次中計の投資計画について、有価証券報告書はこう説明している。
グリーン電力サプライチェーンを中心に、New事業への投資を拡大し、第7次連結中期経営計画期間中の総投資額は4,200億円を見込んでいます。New事業への投資は全体の33%に相当し、風力発電事業への投資が大半となります。
この「風力発電事業への投資が大半」という設計が、実績を左右することになる。より長い時間軸で見ると、同社はVision 2030において、グリーン電力サプライチェーンに2030年までに3,000億円(うち洋上風力1,300億円)を投じる計画を掲げていた。第7次中計の3か年は、その入口にあたる期間である。
実績が計画を下回った理由を、山田氏は統合報告書2025で明確に説明している。
洋上風力発電事業において事業環境変化を踏まえた経済合理性の観点から入札を見送ったものの、ビジネスモデルの全体像が揺らいでいるわけではありません。
グリーン電力サプライチェーンの構築は当初から2030年以降を目線としており、洋上風力発電事業についても2030年以降の収益化を見据えて意思決定を行ってきました。しかし、足元の急速なインフレの進展によるコストの増加と競争環境の激化などにより、第7次中計策定時点とは明らかに事業環境が変化しています。
🔑この判断の可能性は、計画を公表したその日に示されていた。2023年3月23日のアナリスト・機関投資家向け説明会(出席者95名)で、次のやりとりが記録されている。
Q:(前略)洋上風力発電事業に投じる1,300億円についてはエクイティ出資分を対象にしているという理解でよいのか。また、洋上風力発電の入札の結果、落札できなければ投資が減る可能性もあるのか。
A:洋上風力発電事業の1,300億円はエクイティ出資分のみ。落札できなかった場合は投資が減ることになる。(後略)
投資額は入札の結果に連動する設計であり、それは初日から開示されていた。3年後、会社はその設計どおりに動いたことになる。
いっぽう、New領域の事業そのものは3年間で前に進んでいる。
| 項目 | 2022年度 | 2025年度 |
|---|---|---|
| グループの再エネ発電容量 | 310MW | 364MW |
| 電力小売販売量 | 3.3億kWh | 11.8億kWh |
| コスモMyカーリース累計契約台数 | 10.8万台 | 14.4万台 |
加えて、2024年12月に日本初となる国産SAF(持続可能な航空燃料)の製造装置が完工し、2025年4月から国内外の航空会社への供給が始まった。水素分野では2024年4月に岩谷産業と資本業務提携し、同月に水素ステーション1号店(東京都大田区平和島)、2025年3月に2号店(東京都江東区有明)を開所している。フォトレジスト用樹脂の販売量は30%拡大した。
答え合わせ⑧:戦略投資の対象が、電力1分野から3分野になった
2026年度から始まった第8次連結中期経営計画と、その先の長期ビジョンで、投資の枠組みは組み替えられている。
就任初年度(2023年)の山田氏は、グリーン電力サプライチェーンの構想を説明したうえで、長期ビジョン「Vision 2030」についてこう書いていた。
これらを実現するために、2030年までに3,000億円の戦略投資を実施する計画です。
現在の長期ビジョンは「Vision 2035」である。有価証券報告書にはこうある。
これらの取組により、10年間で約8,000億円の成長投資を実施し、2035年度における在庫評価を除く経常利益2,500億円以上、ROE15%以上の達成を見据えた経営を推進していきます。
約8,000億円の内訳は、第8次中計の説明資料に示されている。2026年度から2035年度までの成長投資額と、2035年度の経常利益目標は次のとおり。
| 領域 | 成長投資額(2026〜2035年度) | 経常利益(2035年度) |
|---|---|---|
| 石油/次世代エネルギー | 3,000億円 | 1,200億円 |
| 資源開発 | 3,000億円 | 1,000億円 |
| 電力サプライチェーン | 2,000億円 | 300億円 |
※第8次連結中期経営計画の説明資料に基づく。経常利益は在庫影響を除く数値である。
🔑電力の枠を並べると、Vision 2030の「グリーン電力サプライチェーン」3,000億円(2030年までの8か年・戦略投資)に対し、Vision 2035の「電力サプライチェーン」は2,000億円(2026〜2035年度の10か年・成長投資)になっている。後者にはLNG火力への投資も一定程度含まれると会社は説明しており、再生可能エネルギーに絞った枠はこれよりさらに小さい。
そのうえで、石油/次世代エネルギーと資源開発にそれぞれ3,000億円が置かれた。戦略投資の対象を電力1分野に集中させる構えから、3つの分野に配分する構えへ——これが第7次の3年を経た組み替えである。
加えて、AIや半導体の普及を背景に成長が見込まれる事業を「NeXTグロース」と定義し、新たな収益機会として位置づけた(第8次中計説明資料では、AI・半導体・データセンターに関連する市場と注記されている)。
電力サプライチェーンの収益性について、会社は第8次中計の説明会でこう答えている。
(前略)電力事業の収益性は他事業に比べ投資対比のリターンは低いものの、長期安定的なキャッシュ創出力を重視している。また将来的な需給逼迫による上振れ余地は織り込んでおらず収益計画は保守的に策定している。
第8次中計(2026〜2028年度)の数値目標は、在庫影響を除く経常利益1,900億円、当期純利益860億円、ROE12%以上、ROIC7%以上、自己資本6,500〜7,500億円、総還元性向60%以上の継続である。基本方針は「収益力最大化」「成長機会の追求」「生産性向上」「三位一体の資本政策」。このうち「成長機会の追求」について、会社は次のように説明している。
既存事業を含む成長領域への投資を強化するとともに、重点領域としてAI・デジタル活用への投資を拡充し、投資機会を柔軟かつ積極的に取り込みます。
🔑「三位一体の資本政策」は第7次からそのまま引き継がれた。山田氏が3年間使い続けた枠組みが、次の3年にも置かれている。
経営哲学
経済合理性を判断の軸に置く
山田氏が繰り返し使う言葉が「経済合理性」である。統合報告書2025では、経営判断そのものの定義として語られている。
事業を進めていくということは、不確実ながら数多くの情報・要素を集めて将来を見通し、その中で最善の判断を積み重ねながら経営資源を投入、そして成長を実現させていく、そのサイクルだと捉えています。その際、当たり前のことですが、忘れてはいけないのが経済合理性を追求するということです。
先行きの見通しが非常に難しい不確実な時代だからこそ、さまざまな角度から経済合理性を検討・追求し、その軸を見失わないように判断を積み重ねていくことが企業価値の向上につながると考えています。当社の経営層はもちろん、次世代の経営を担う人材も含め、徹底的に経済合理性を追求する、という観点を軸として取り組んでいきたいと考えています。
この言葉は、投資を見送る場面でも、原油の調達先を考える場面でも同じように使われている。2026年6月の第8次中計説明会で、中東域外からの調達方針を問われた会社の回答はこうだった。
中東情勢が正常化すれば、経済合理性の観点から再び中東原油の調達が中心となる想定。
🔑同じ物差しが、New領域への投資にも、主力の原油調達にも当てられている。編集部はここに、基準を場面ごとに使い分けない姿勢を読む。
安全操業・安定供給を「変わらないもの」と呼ぶ
一方、変わらないものは、私が社長就任以来訴え続けている安全操業・安定供給の徹底です。これは、当社グループの礎となるべきものであると同時に、競争優位の源泉でもあります。
山田氏はこれを製造現場だけの話とはしていない。
安全・安定と言うと製造現場の話と捉えられがちですが、当社グループの場合は中東での原油開発から日本への輸送、製油所での精製からサービスステーションでの供給、そしてそれらを支えるコーポレート部門まで、各現場で働く社員が安全に、安定して業務を遂行することを企図しています。
安全操業・安定供給は一朝一夕に成せるものではなく、日々積み上げていくことが求められます。そのためには、社員一人ひとりの意識に根付かせることが必要であり、年頭の挨拶や入社式などさまざまな場面を通じて、当社グループのテーマとして私から社員にメッセージを発信し続けてきました。
「人」を変革期の中心に据える
就任初年度の統合報告書のタイトルは「エネルギー産業の変革期に、『人』を中心に据えて企業価値の向上を実現する」だった。
社長就任に際し強く思うのは、当社グループにとって重要な要素は「人」だということです。火災からの復旧の際も、今のような変革期でも、会社が大きく変わろうとする時には多くの困難に直面します。その際、会社・社員を勇気づけられるのはやはり人であり、未来に向けてイノベーションを起こそうと努力を重ねられるのもまた人です。
2年後、この考えは具体的な処遇に現れている。
人材に対してお金をかけることはコストではなく投資であり、2023年度から3年連続で民間企業の平均を上回るペースで賃上げを実施しました。
3か年累計の賃上げ率は組合員平均で25%。人的資本投資は年間18万円/人で目標どおりに着地し、エンゲージメント指数は目標60ポイントに対して64ポイントとなった。
「いい意味での摩擦を起こしてほしい」と言い続ける
この2年間、社内に対してメッセージを発信する際は、必ず「いい意味での摩擦を起こしてほしい」と伝えています。伝えてすぐに変わるものではありませんが、例えば会議の資料1枚であっても改善の余地があれば自分の考えるように変えてみてほしい、やってみてうまくいかなければ、また変えてみたらよいと考えています。
何かを変えるにはエネルギーが必要です。時には批判が出るかもしれませんし、摩擦も起きるかもしれません。しかし、それを乗り越えることで、個人もチームも、そして会社も成長すると考えています。
新任部長向けの研修では、最終日に社長本人との1on1によるプレゼンテーションの機会を設けている。
人物像
リーダーシップタイプ
基準設定型。掲げた判断基準を場面ごとに変えず、そこから導かれる結論を先に開示してから実行に移す型と読める。「経済合理性」「安全操業・安定供給」という2つの言葉を、就任時から現在まで同じ意味で使い続けている。
強み・特徴(編集部分析)
1. 到達点よりも先に、到達の経路を開示する
最終年度が始まる前に「Oil領域でしっかりと収益を上げることで、中計目標の達成を実現します」と明言し、そのとおりに着地させた。計画の一部が想定どおりに進まない局面で、どこで補うかを外部に説明したうえで実行している。
2. 基準を場面で使い分けない
New領域への投資を見送る判断にも、主力の原油調達の考え方にも、同じ「経済合理性」を当てている。判断の一貫性が、結果として「投資を控えること」と「目標を超えること」の両方を同じ論理で説明できる状態を生んでいる。
3. 前任期からの蓄積を、自分の言葉で引き継ぐ
第7次中計の公表は2023年3月23日で、山田氏の社長就任はその9日後にあたる。本人は自らを計画の起案者としてではなく「第7次中計のスタートとともに社長に就任し」と位置づけたうえで、計画の実行と総括を担った。前任期に始まった坂出製油所の閉鎖(2013年)やキグナス石油への供給開始(2019年)についても、成果の説明のなかで正確に時期を示している。
4. 好調な数字にも、特殊要因の注記をつける
2026年6月の説明会で「2028年度の在庫影響除きの当期純利益の目標値は860億円であり、2025年度当期純利益855億円からの改善が少なく見える」と問われたのに対し、会社は「2025年度は中東情勢緊迫化による原油価格高騰によるタイムラグ影響等の特殊要因が含まれており、単純比較では成長が見えにくいが、実力ベースでは成長を見込んでいる」と答えている。目標を超えた数字を、そのまま実力値としては提示していない。
発言・記載と実績の対応
| 発言・記載 | 時期 | 実績 |
|---|---|---|
| 「2030年までに3,000億円の戦略投資を実施する計画です」(グリーン電力サプライチェーン) | 2023年(統合報告書2023) | Vision 2035では電力サプライチェーンに2,000億円(2026〜2035年度)。成長投資全体は3本柱で約8,000億円 |
| 「洋上風力では競争環境が厳しくなっていますが、ここ2〜3年を勝負の年と捉えています」 | 2023年(同上) | 統合報告書2025で「経済合理性の観点から入札を見送った」と説明 |
| 「Oil領域でしっかりと収益を上げることで、中計目標の達成を実現します」 | 2025年(統合報告書2025) | 2025年度の在庫影響を除く経常利益1,657億円のうち、石油事業928億円・石油開発事業653億円で約95%を占めた |
| 「2023年度から3年連続で民間企業の平均を上回るペースで賃上げを実施しました」 | 2025年(同上) | 3か年累計の賃上げ率25%(組合員平均) |
| 「残り3か月気を引き締め、7次中計の仕上げに確り取り組んでいきましょう」 | 2026年1月5日(年頭挨拶) | 2026年3月期に13指標のうち11で目標を達成 |
編集部総評
3年間で、コスモエネルギーグループの数字はいくつも上向いた。在庫影響を除く経常利益は目標1,650億円に対して1,657億円。ROEは10%以上の目標に対して14.4%。PBRは期間平均で0.6倍から1.1倍へ、信用格付けはA−からAへ。株主への還元は1,000億円の計画に対して1,472億円を実行した。13の指標のうち11に「達成」がついている。
これらを支えたのは、業界平均を14ポイント上回る製油所の稼働率と、増産に転じた石油開発、そして構造改善の実行だった。いずれも一朝一夕には作れない積み上げである。
編集部が最も注目したのは、同じ3年間にNew領域への投資が計画の一部にとどまったこと——そしてその判断が、11の達成と同じ言葉で説明されていることである。
山田氏は「経済合理性」という基準を、投資を控える場面でも、主力事業の方針を語る場面でも、同じように当てている。洋上風力の入札を見送った説明は「事業環境変化を踏まえた経済合理性の観点から」であり、原油調達の方針も「経済合理性の観点から」だった。そして、その基準が計画どおりに機能することは、計画を公表したその日の質疑応答で「落札できなかった場合は投資が減ることになる」と開示されていた。
つまり同社にとって、投資額は達成すべき目標であると同時に、条件が整ったときにだけ実行される変数でもあった。成果を積み上げた論理と、投資を急がなかった論理は、別のものではない。
そのうえで、次の10年の構えが組み替えられたことも記録しておきたい。Vision 2030では、成長投資の軸はグリーン電力サプライチェーンの3,000億円(2030年まで)に置かれていた。Vision 2035では、石油/次世代エネルギー3,000億円・資源開発3,000億円・電力サプライチェーン2,000億円(いずれも2026〜2035年度)の3本柱となり、合計で約8,000億円になる。電力に集中させる構えから、3つに配分する構えへ。そのうえで、2035年度に経常利益2,500億円以上・ROE15%以上という到達点が新たに置かれた。
物差しを、変えなかった。3年分の数字は、その一貫性が生んだ結果として読める——というのが編集部の見立てである。
今後の焦点として読み取れる点
- 第8次中計の1,900億円:2028年度の在庫影響を除く経常利益の目標。2025年度実績1,657億円から約15%の増益にあたる。会社は2025年度の数字に特殊要因が含まれると説明しており、実力ベースでの積み上げが問われる
- 電力サプライチェーンへの2,000億円:Vision 2035で示された投資額。収益目標は300億円で、会社は「他事業に比べ投資対比のリターンは低いものの、長期安定的なキャッシュ創出力を重視している」と説明している。LNG火力への参入も検討課題に挙がっている
- GHG排出削減の▲30%:2030年度に向けた目標に対し、2025年度時点は▲19.0%。会社は外部環境の変化を反映してロードマップを改訂している
- 中東情勢の影響:2026年3月期末にホルムズ海峡の封鎖が発生し、石油開発事業は2026年度に減益の見通し。第8次中計は公表自体が延期され、足元業績の下振れが3年間のキャッシュフローに反映されている
参考情報
出典
- コスモエネルギーホールディングス株式会社『有価証券報告書』第11期(2026年6月24日提出)、第10期(2025年6月25日提出)、第9期(2024年6月20日提出)、第8期(2023年6月22日提出)、第7期(2022年6月23日提出)
- 同社『コスモレポート(統合報告書)2025』社長メッセージ
- 同社『コスモレポート(統合報告書)2023』社長メッセージ
- 同社『第8次連結中期経営計画』説明資料(2026年6月18日)
- 同社『第8次連結中期経営計画 アナリスト・機関投資家向け説明会 質疑応答』(2026年6月18日)
- 同社『第7次連結中期経営計画 アナリスト・機関投資家向け説明会 質疑応答』(2023年3月23日)
- 同社プレスリリース「コスモエネルギーグループ『第7次連結中期経営計画(2023年度〜2025年度)』について」(2023年3月23日)
- 同社プレスリリース「2026年 山田社長 年頭挨拶について」(2026年1月5日)
- 同社公式サイト「組織図・役員」(2026年6月25日現在・2026年9月14日確認)、「社長メッセージ」(2026年9月14日確認)
注記
- 本記事は公開情報をもとにLeaders Journal編集部が独自に分析・編集したものです
- 同社の経営目標は「在庫影響を除く」数値で設定されています。会計上の数値(有価証券報告書の連結財務諸表に基づく数値)とは基準が異なるため、本記事では両者を区別して表記しています
- 1株あたり配当に関する数値は、2025年10月1日付で実施された株式分割(普通株式1株につき2株)を考慮した分割後の金額です。第7次中期経営計画の公表時(2023年3月23日)の目標は「200円/株を下限」であり、分割後に換算すると100円/株以上にあたります
- 2025年度の在庫影響を除く当期純利益855億円について、会社は中東情勢の緊迫化による原油価格高騰のタイムラグ影響等の特殊要因が含まれると説明しています
- 投資額については、対象期間と対象分野が資料ごとに異なります。本記事では、第7次連結中期経営計画の3か年(2023〜2025年度)の総投資額4,200億円・New領域1,400億円、Vision 2030のグリーン電力サプライチェーン3,000億円(2030年まで)、Vision 2035の成長投資約8,000億円(2026〜2035年度・3領域の合計)を、それぞれ期間と対象を明示して区別しています
- 石油事業のセグメント利益には、在庫評価の影響を含む数値(763億円)と除く数値(928億円)があります。本記事では基準を明記して使い分けています
- 第7次連結中期経営計画の公表日(2023年3月23日)時点の代表取締役社長は桐山浩氏です。山田氏の社長就任は2023年4月1日で、それ以前は2020年6月から取締役(常務執行役員)を務めています
- 本記事に引用した統合報告書の社長メッセージは、2025年度(第7次中計最終年度)の総括ではなく、2024年度時点で書かれたものです。最終年度の総括にあたる統合報告書は、2026年9月14日時点で未発行です
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