工藤 幸四郎
代表取締役社長 兼 社長執行役員
遅れる年数まで、示した。

概要
旭化成株式会社の代表取締役社長 兼 社長執行役員、工藤幸四郎氏。2022年4月に社長へ就き、在任は4年5か月にあたる。
工藤氏が社長に就いた2022年4月、同社は「中期経営計画2024 〜Be a Trailblazer〜」を発表している(4月11日)。2024年度に営業利益2,700億円、ROE11%以上、ROIC8%以上を目指す、という内容である。
その1年後、2023年4月11日の経営説明会で、同社は次のように説明する。会社側の出席者は工藤氏、堀江俊保氏(当時 代表取締役兼常務執行役員)、IR室長の3名である。
(前略)当初計画からの遅れを勘案し、2024年度の営業利益目標を2,000億円以上と再設定する。当初目標の2,700億円は、2~3年遅れでの達成を目指していく。
編集部が注目したのは、この一文である。目標に届かないことを認めるだけでなく、「2〜3年」という遅れの幅まで同時に示している。
それから3年が経った。2024年度の営業利益は2,119億円——再設定した「2,000億円以上」を上回った。そして2025年4月に発表された「中期経営計画2027 〜Trailblaze Together〜」の最終年度目標に、再び営業利益2,700億円が置かれた。2024年度から2027年度へ、3年後ろである。
2023年に示された「2〜3年遅れ」は、その幅に収まった。
同じ期間に、会社の数字も戻っている。
| 指標 | 2022年度 | 2025年度 |
|---|---|---|
| 親会社株主に帰属する当期純利益 | △919億円(最終赤字) | 1,588億円 |
| ROE | △5.5% | 8.0% |
| 売上高 | 2兆7,265億円 | 3兆745億円 |
就任1年目にあたる2022年度、同社は米国子会社Polypore International, LPののれんおよび無形固定資産について1,864億円の減損損失を計上し、最終赤字となった。工藤氏は統合報告書にこう書いている。
ステークホルダーの皆さまには大きな損失を計上したことをお詫びするとともに、背景についてご説明します。
2026年4月15日の経営説明会では、現在の計画についてこう述べた。
現中計の営業利益目標2,700億円に向けて順調に進捗しており、達成の確度は高まってきている。
届かないと分かった時点で、遅れの幅まで含めて示す。それが会社と本人に共通する4年間の構えだった、というのが編集部の読みである。
経歴
有価証券報告書(第135期・2026年6月24日提出)の「役員の状況」に記載された略歴は次のとおり。
| 時期 | 役職 |
|---|---|
| 1982年4月 | 当社入社 |
| 2013年4月 | 旭化成せんい株式会社 執行役員 |
| 2016年4月 | 当社 上席執行役員 |
| 2017年4月 | 当社 繊維事業本部長 兼務/大阪支社長 兼務 |
| 2019年4月 | 当社 常務執行役員/同 パフォーマンスプロダクツ事業本部長 兼務 |
| 2021年6月 | 当社 取締役(現在) |
| 2022年4月 | 当社 代表取締役(現在)/同 取締役社長(現在)/同 社長執行役員(現在) |
1959年6月5日生まれ。1982年に入社し、繊維事業を出発点に、パフォーマンスプロダクツ事業本部長などを経て2022年4月に社長へ就いた。前任の小堀秀毅氏(2016年4月に取締役社長)は同じ2022年4月に取締役会長となっている。
🔑社長就任は、同社が創業100周年を迎えた年にあたる(1922年創業)。工藤氏は就任翌年の統合報告書で、この節目に抱いた思いをこう書いている。
(前略)しかし、長年の安定した経営と社会における認知度の上昇に伴い、現状維持を是とする風潮が社内に生じてしまってはいないだろうか。100周年を迎え、創業から現在に至るまでの歴史を振り返った時、私はそのような危機感を抱きました。
会社データ
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 社名 | 旭化成株式会社(ASAHI KASEI CORPORATION) |
| 証券コード | 3407(東京証券取引所 プライム市場) |
| 決算期 | 3月31日 |
| 本店 | 東京都千代田区有楽町一丁目1番2号 |
| 報告セグメント | マテリアル/住宅/ヘルスケア |
| 従業員数 | 連結47,895名(2026年3月31日現在) |
| 売上高 | 3兆745億円(2026年3月期・連結) |
| 営業利益 | 2,312億円(同) |
| 経常利益 | 2,304億19百万円(同) |
| 親会社株主に帰属する当期純利益 | 1,587億93百万円(同) |
| 自己資本利益率(ROE) | 8.0%(同) |
| 自己資本比率 | 50.5%(同) |
2026年3月期のセグメント別の業績は次のとおり。
| セグメント | 売上高 | 営業利益 |
|---|---|---|
| 住宅 | 1兆774億円(前期比415億円増) | 998億円(同39億円増) |
| ヘルスケア | 6,641億円(同482億円増) | 835億円(同194億円増) |
| マテリアル | 1兆3,062億円(同625億円減) | 683億円(同116億円減) |
マテリアルは、エレクトロニクス事業がAIサーバーやハイエンドスマートフォン向けの需要を背景に増益となった一方、エッセンシャルケミカル事業が水島製造所の大規模な定期修理などにより減益となった。
🔑売上高が最も大きいのはマテリアルだが、営業利益では住宅とヘルスケアが上回っている。2024年度に住宅領域の営業利益額が3領域のなかで最も大きくなったと有価証券報告書は記しており、同社は長く「化学」に分類されてきたが、利益の構成は変わってきている。
人物の軌跡
答え合わせ①:就任と同じ月に、2,700億円という目標が出た
工藤氏の社長就任は2022年4月(有価証券報告書の略歴による)。同じ4月の11日、同社は中期経営計画2024を発表した。経営説明会の資料に示された目標は次のとおりである。
| 指標 | 2021年度(見通し) | 2024年度目標 | 2030年目標 |
|---|---|---|---|
| 営業利益 | 2,131億円 | 2,700億円 | 4,000億円 |
| ROE | 12.1% | 11%以上 | 15%以上 |
| ROIC | 7.8% | 8%以上 | 10%以上 |
※2021年度の数値は2022年2月発表の見通し値。同資料にはROE・ROICについて括弧書きで10.5%・6.7%も併記されており、これは2020年度のVeloxis再編に伴う一時的な税金費用の低減効果(約240億円)を除いた場合の値である。本記事では括弧のない上段の値を用いた。
キーコンセプトは「Be a Trailblazer」——「先駆者たれ」の意である。あわせて掲げられた「A-Spirit」について、工藤氏は翌年の統合報告書でこう書いている。
(前略)創業当初から受け継がれてきた当社グループのDNAをA-Spiritと表現し、全従業員に喚起しました。A-Spiritは、野心的な意欲、健全な危機感、迅速果断、進取の気風といった、当社グループに成長をもたらしてきた変革力の原点です。
答え合わせ②:就任1年目に、1,864億円の減損を計上した
中期経営計画2024の初年度にあたる2022年度、同社は米国子会社Polypore International, LP(リチウムイオン電池用セパレータ事業)ののれんおよび無形固定資産について、1,864億円の減損損失を計上した。この結果、親会社株主に帰属する当期純損失は919億円となり、ROEは△5.5%に落ちている。
工藤氏は統合報告書2023で、この件について自ら説明を書いた。
また、2022年度には、米国のPolyporeののれんおよび無形固定資産について1,864億円の減損損失を計上しました。ステークホルダーの皆さまには大きな損失を計上したことをお詫びするとともに、背景についてご説明します。
同じ文章のなかで、減損を戦略の選択として位置づけてもいる。
Polyporeの減損は大きな痛みを伴う結果となりましたが、今後、車載市場で大きな成長の可能性がある湿式のLIB用セパレータ「ハイポア™」にリソースを集中するという戦略的な位置付け(後略)
同時期、ペリクル事業の譲渡も決めている。
ペリクル事業については、当社の業界ポジションは高い位置にあり、十分高い収益性を有していましたが、ベストオーナーの視点でこの事業のポテンシャルをさらに活かすことができる他社に譲渡することを決めました。
🔑収益性が高い事業を「自社より適した持ち主がいる」という理由で手放している。編集部は、この判断基準がのちの構造転換にも一貫して使われていることに注目した。
答え合わせ③:「2〜3年遅れ」と、幅まで示した
2023年4月11日、同社は経営説明会を開いた。会社側の出席者は工藤氏、堀江俊保氏(当時 代表取締役兼常務執行役員)、IR室長の3名である。
同社が公開している「経営説明会 要旨」に残る説明は次のとおり(この部分に発言者名の記載はない)。
半導体不足の長期化や中国のロックダウンによる需要減退、原燃料高騰等が影響し、中計初年度である2022年度の営業利益見通しは1,250億円と低迷している。経営環境は徐々に改善する見込みだが、当初計画からの遅れを勘案し、2024年度の営業利益目標を2,000億円以上と再設定する。当初目標の2,700億円は、2~3年遅れでの達成を目指していく。
資本効率の目標も同時に改められた。
| 指標 | 当初(2022年4月) | 再設定(2023年4月) |
|---|---|---|
| 2024年度の営業利益 | 2,700億円 | 2,000億円以上 |
| ROE | 11%以上 | 9%以上 |
| ROIC | 8%以上 | 6%以上 |
説明の締めくくりには、次の一節が置かれている。
現状としては収益が計画から乖離し、過去の積極的な施策が期待通りに進んでいない部分もあるが、このような局面だからこそ、困難な状況を自らの力で何としても切り開き、成長に対する強い執着心を持ち続けることが重要だ。私自身も含めて、全ての旭化成の人間がこの気概を持って取り組む所存である。
質疑応答では、投資の優先順位について問われた工藤氏が、自らの説明の不足を認める場面もあった(この部分には「工藤」と発言者名が記されている)。
投資キャッシュフローについて、3年間累計で8,000~9,000億円という考え方に変わりは無い。ただし中計発表時の説明では、GG10事業への投資について優先順位がやや不明確であったと考えている。
同じ内容は、同年に発行された統合報告書2023にも記されている。
発表当初の2024年度の営業利益目標である2,700億円の達成は2、3年遅れとなる見込みです。2024年度の営業利益目標は2,000億円以上、資本効率の目標はROE9%以上、ROIC6%以上を目指し、引き続き中長期的な視点で成長を図ります。当初立てた成長戦略を着実に遂行し、再び成長軌道へと回帰していきます。
🔑「届きません」と言うだけなら、多くの経営者がする。編集部が重く見たのは、遅れの幅(2〜3年)を同時に示した点である。これは後から検証できる形で数字を置く行為にあたり、説明会と統合報告書の両方に記されている。
答え合わせ④:再設定した目標は、達成した
3年間の着地はこうなった。
| 指標 | 当初目標 | 再設定後の目標 | 2024年度の実績 |
|---|---|---|---|
| 営業利益 | 2,700億円 | 2,000億円以上 | 2,119億円 |
| ROE | 11%以上 | 9%以上 | 7.4% |
| ROIC | 8%以上 | 6%以上 | 5.5% |
営業利益は再設定した目標を上回った。ROEとROICは再設定後の水準にも届いていない。
第134期(2024年度)の有価証券報告書は、この期間をこう総括している。
経営指標に関しては、経営環境の悪化を受けマテリアル領域を中心に収益が低迷した影響で、2022年度には減損を計上しROEが大きく低下しました。最終年度の2024年度においては、住宅領域、ヘルスケア領域の堅調な成長に加え、マテリアル領域の利益回復により、営業利益は過去最高となりました。営業利益、当期純利益等は当初計画未達となりましたが、財務健全性については、積極的な投資を進めながらも概ね高い水準を維持しました。
🔑2024年度の営業利益2,119億円について、会社は「営業利益は過去最高となりました」と記している(当時の水準による。翌2025年度はこれを上回る2,312億円となった)。当初の計画には届かなかったが、絶対額としては当時の最高水準に着地している。
答え合わせ⑤:2,700億円は、3年後ろに置き直された
2025年4月10日、同社は「中期経営計画2027 〜Trailblaze Together〜」(2025〜2027年度)を発表した。最終年度の目標は次のとおりである。
最終年度の2027年度には営業利益2,700億円、のれん償却前営業利益3,060億円、ROIC6%、ROE9%を目指します。
2,700億円という数字は動かず、達成年度が2024年度から2027年度へ移った。3年後ろである。2023年に示された「2〜3年遅れ」の幅に収まっている。
ROE9%・ROIC6%も、2023年4月に再設定した水準がそのまま引き継がれている(2023年の再設定は「9%以上」「6%以上」、中期経営計画2027では「9.0%」「6.0%」と表記され、「以上」は付いていない)。
⚠️同じ「2,700億円」でも、2024年度の目標と2027年度の目標は別のものである。本記事では対象年度を必ず併記している。また、中期経営計画2027は「営業利益2,700億円」と「のれん償却前営業利益3,060億円」の2本立てで目標を置いており、両者は異なる指標である。
いっぽう、2030年に向けた目標は水準が改められた。
| 時点 | 2030年(近傍)の営業利益 | ROE | ROIC |
|---|---|---|---|
| 2022年4月 | 4,000億円 | 15%以上 | 10%以上 |
| 現在(第135期有報) | 3,800億円 | 12%以上 | 8%以上 |
答え合わせ⑥:△5.5%から、8.0%へ
数字は戻っている。会社が有価証券報告書に並べた3期の推移は次のとおり。
| 指標 | 2023年度 | 2024年度 | 2025年度 |
|---|---|---|---|
| 売上高(億円) | 27,849 | 30,373 | 30,745 |
| 営業利益(億円) | 1,407 | 2,119 | 2,312 |
| 売上高営業利益率(%) | 5.1 | 7.0 | 7.5 |
| EBITDA(億円) | 3,229 | 3,980 | 4,275 |
| 親会社株主に帰属する当期純利益(億円) | 438 | 1,350 | 1,588 |
| EPS(円) | 31.60 | 97.94 | 116.97 |
| ROIC(%) | 5.9 | 5.5 | 5.9 |
| ROE(%) | 2.5 | 7.4 | 8.0 |
| D/Eレシオ | 0.51 | 0.62 | 0.46 |
※会社が有価証券報告書「経営成績等の状況の概要」に掲載した表による。
減損を計上した2022年度のROEは△5.5%だった。2025年度は8.0%である。売上高は3兆745億円となり、3期連続で増収した。
2025年度の増益を牽引したのは、ヘルスケアと住宅である。ヘルスケアは医薬事業の主力製品の販売量増加と、2024年10月から連結を開始したスウェーデンの製薬会社Calliditas Therapeutics ABの新規連結効果により営業利益835億円(前期比194億円増)。住宅は建築請負事業で物件の大型化・高付加価値化による平均単価が上昇し、営業利益998億円(同39億円増)となった。
答え合わせ⑦:構造転換は、目標の7割まで進んだ
中期経営計画2027では、マテリアル領域の構造転換が掲げられている。目標は「同領域の2024年度売上高の約20%に相当する事業の構造転換」である。
有価証券報告書には、初年度を終えた時点の進捗が書かれている。
2026年度第1四半期の発表分まで含めると、構造転換した事業の売上規模は概算値で2,030億円となり、中計目標の約7割に達しています。
前中計の期間にも構造転換は進んでいた。第134期の有価証券報告書は「一方、構造転換については、血液浄化事業の譲渡など合計売上高800億円以上の事業を対象に意思決定を行いました」と記し、石油化学チェーン関連事業ではタイのPTT Asahi Chemical Co., Ltd.の事業撤退の決定などを挙げている。
答え合わせ⑧:現在は「順調」。ただし、そこにも条件をつけている
2026年4月15日、同社は中期経営計画2027の進捗について経営説明会を開いた。工藤氏の説明はこう始まる。
2025年4月の現中計開始以降、各国の金融政策や産業政策の変化だけでなく、直近ではイランにおける軍事衝突など、想定を超えるさまざまな事象が生じている。そのような予測困難な環境変化に対して、機動的に対応策を講じることで、現中計の営業利益目標2,700億円に向けて順調に進捗しており、達成の確度は高まってきている。
説明資料の1ページ目にも「2027年度の営業利益目標2,700億円に向けて順調に進捗」と大きく書かれている。
その同じ場の質疑応答で、減損の起点となったセパレータ事業について問われた工藤氏は、こう答えている。
セパレータ事業は非常に厳しい事業環境が続いているのは事実であり、これを受けてカナダ工場の稼働開始が遅れることはすでに説明したとおりだ。ただし、ESS用途の需要の立ち上がりを受けて2025年度下期からは既存拠点の稼働率が改善してきていることや、車載用途の顧客拡大も進めている。よって、減損のリスクは常に認識しているものの、すぐに減損が必要な状況になるとは考えていない。
2027年度の目標についても、次のように答えている。
2027年度の営業利益目標は、一定のリスクバッファを織り込んだ計画としているが、中東情勢をはじめとする地政学リスクが長期化・深刻化した場合には、想定するバッファだけでは十分でない可能性があると認識している。
🔑「順調」と述べた同じ場で、それが崩れる条件を問われ、留保をつけて答えている。2023年に遅れの幅を示したときと同じ構えだと編集部は読む。
経営哲学
変革を止めた先に成長はない
統合報告書2023の社長メッセージに置かれた小見出しが、そのまま本人の言葉である。
なぜ、私がここまで挑戦にこだわるのか。その理由は、事業ポートフォリオを転換しながら成長してきた旭化成は、変革の歩みを止めた時に成長が止まる宿命にあると考えるからです。このことを肝に銘じておかなくてはなりません。
新しいことに挑戦せず現状維持を続ければ、当社グループの成長は停滞し、やがて衰退してしまいます。こういった状況に決して陥ることなく成長し続けていくために、今、私たちのやるべきことは、挑戦し続け、変革を止めないことです。
伝統は守るべからず創るべし
統合報告書2025のCEOメッセージで、本人が自らのモットーとして挙げている。
そして、私自身のモットーは「伝統は守るべからず創るべし」。変化の時代において、過去の伝統に固執するのではなく、自ら変わり続け、新たな伝統を創り出す。この挑戦こそが、旭化成の未来を切り拓く力になると信じています。
同時に、変えないものも明示している。
時代がどう変わろうとも、事業の形がどう移ろうとも、私たちが決して変えないもの――それは、「世界の人びとの“いのち”と“くらし”に貢献する」というグループミッションです。
自社の評価について、率直に語る
同じCEOメッセージには、次の一節がある。
しかしながら、株価は依然として満足できるレベルからは低い水準であり、持続的な企業価値向上を実現できていると胸を張れる状況ではありません。ましてやPBRが1倍を継続的に切っていることについて、私自身、経営者として非常に危機感を抱いています。
この課題の根底には、資本効率の視点で投資家を中心とするステークホルダーの皆さまの期待に十分応えられていないことのほか、当社の価値創造のあり方や勝ち筋に対する確信が、まだ十分に伝わっていないという課題があると認識しています。
有価証券報告書にも同趣旨の記載がある。「ROEについては、減損損失を計上した2022年度から改善しているものの、現状では株主資本コストの8%を下回っています」。そのうえで、①事業ポートフォリオ変革加速 ②収益力向上 ③投資マネジメント強化 ④資本構成の最適化 ⑤資本コスト低減、の5つに取り組むとしている。
成功例だけでなく、学びの前提を語る
2026年4月の説明会で「なぜM&Aをうまく実行できていると思うか」と問われた際の回答は、前置きから始まっている。
当社はM&Aを成長戦略の重要な手段として活用してきたが、すべての案件が成功してきたわけではなく、過去の経験から多くの学びを得てきた。その中で、うまくいっている案件にはいくつかの共通点があると考えている。
そのうえで3点を挙げた。第一に買収後も経営陣が継続して事業運営に関与していること、第二にPMI(買収後の統合)の遂行力、第三にロングリスト・ショートリストの段階から案件を精査し、正式な買収検討に入る前から相手先の経営陣と十分に対話していること——である。
人物像
リーダーシップタイプ
留保明示型。計画が計画どおりに進まない局面で、会社として遅れの幅や前提条件を数字で示し、問われれば自らの説明不足も認める型と読める。4年間で3度、同じ構えが確認できる(2023年の遅れの幅の提示、2023年の説明不足を認めた回答、2026年のリスクバッファの限界への言及)。
強み・特徴(編集部分析)
1. 届かない見通しを、検証できる形で示す
同社は2023年に「2~3年遅れでの達成を目指していく」と説明した。これは「遅れます」で終わらせず、後から照合できる数字を置いた説明である。実際、2,700億円は2027年度目標として置き直され、幅の範囲に収まった。
2. 目標の水準そのものは下げない
2024年度の目標は2,000億円以上に改められたが、2,700億円という到達点は放棄されず、達成年度を移して維持された。ROE9%・ROIC6%も、2023年に再設定した水準が中期経営計画2027へそのまま引き継がれている。
3. 高収益の事業でも、持ち主を見て手放す
ペリクル事業について「当社の業界ポジションは高い位置にあり、十分高い収益性を有していました」と認めたうえで、ベストオーナーの視点から譲渡を決めている。売上規模で2,030億円に達した構造転換は、この基準の延長線上にある。
4. 好調な局面でも、崩れる条件を隠さない
2026年4月、「順調に進捗しており、達成の確度は高まってきている」と述べた同じ場で、中東情勢の影響を問われ、地政学リスクが長期化・深刻化した場合には「想定するバッファだけでは十分でない可能性がある」と答えている。減損の起点となったセパレータ事業についても「非常に厳しい事業環境が続いているのは事実」と述べたうえで、減損の必要性への見方を示している。
発言・記載と実績の対応
| 発言・記載 | 時期 | 実績 |
|---|---|---|
| 「2024年度に営業利益2,700億円、ROE11%以上、ROIC8%以上」 | 2022年4月11日(経営説明会) | 2024年度は営業利益2,119億円・ROE7.4%・ROIC5.5% |
| 「当初目標の2,700億円は、2〜3年遅れでの達成を目指していく」 | 2023年4月11日(経営説明会) | 2025年4月発表の中期経営計画2027で、2027年度目標に2,700億円を設定(3年後ろ) |
| 「2024年度の営業利益目標を2,000億円以上と再設定する」 | 2023年4月11日(同上) | 2024年度の営業利益は2,119億円で目標を上回った |
| 「ステークホルダーの皆さまには大きな損失を計上したことをお詫びする」 | 2023年(統合報告書2023) | 2022年度にPolyporeの減損1,864億円を計上し、919億円の最終赤字 |
| 「現中計の営業利益目標2,700億円に向けて順調に進捗している」 | 2026年4月15日(経営説明会) | 2025年度の営業利益は2,312億円(前期比193億円増)。中計初年度を終えた時点の評価 |
編集部総評
工藤氏の4年間は、数字の上では回復の4年間だった。就任1年目に1,864億円の減損を計上して919億円の最終赤字、ROEは△5.5%。そこから2025年度には営業利益2,312億円、純利益1,588億円、ROE8.0%、売上高3兆745億円まで戻している。2024年度の営業利益2,119億円は、当時としては同社の過去最高の水準だった。
ただし、編集部がこの4年間で最も特徴的だと考えたのは、業績そのものではない。「届かない」と分かった時点の、伝え方である。
2023年4月、同社は2024年度の営業利益目標を2,700億円から2,000億円以上へ改めた。このとき同社は、あわせて「当初目標の2,700億円は、2~3年遅れでの達成を目指していく」と説明している。遅れることを認めるだけなら、期限のない約束で終わる。幅を示せば、後から照合される。実際に2年後、2,700億円は2027年度の目標として置き直された。3年後ろ——示された幅の内側である。
同じ構えは、ほかの場面にも現れている。減損の説明を自ら書き、その理由まで記したこと。投資の優先順位について「中計発表時の説明では、GG10事業への投資について優先順位がやや不明確であったと考えている」と、問われてから認めたこと。そして2026年4月、目標の達成が「順調」だと述べた同じ場で、中東情勢の影響を問われ「想定するバッファだけでは十分でない可能性がある」と答えたこと。
統合報告書で自社の株価について「PBRが1倍を継続的に切っていることについて、私自身、経営者として非常に危機感を抱いています」と書いているのも、同じ姿勢の一部として読める。2025年度のROEは8.0%まで戻ったが、第135期の有価証券報告書は「現状では株主資本コストの8%を下回っています」と記しており、会社は達成したとは書いていない。
目標の数字は下げず、達成の時期だけを動かす。2,700億円という到達点、ROE9%、ROIC6%——2023年に置き直された水準は、いずれも中期経営計画2027にそのまま引き継がれた。動いたのは年度だけである。
「伝統は守るべからず創るべし」。本人が挙げるモットーは、変革の宣言として読める。しかし4年間の記録を追うと、もうひとつの側面が見えてくる。変えるものと変えないものを、そのつど明示してきたということである。それが編集部の見立てである。
今後の焦点として読み取れる点
- 2027年度の2,700億円:2025年度の営業利益2,312億円から、388億円の増益が必要になる。会社は「順調に進捗」と評価しているが、中東情勢の影響を問われ、リスクバッファの限界にも言及している
- ROE9%と株主資本コスト8%:2025年度のROEは8.0%。ただし第135期の有価証券報告書は「ROEについては、減損損失を計上した2022年度から改善しているものの、現状では株主資本コストの8%を下回っています」と記している。中期経営計画2027の目標は9%
- 構造転換の残り3割:マテリアル領域の構造転換は2,030億円(中計目標の約7割)まで進んでいる
- 2030年の3,800億円:2022年4月時点の2030年目標(営業利益4,000億円・ROE15%以上・ROIC10%以上)は、現在3,800億円・12%以上・8%以上に置き直されている
参考情報
出典
- 旭化成株式会社『有価証券報告書』第135期(2026年6月24日提出)、第134期(2025年6月25日提出)、第133期(2024年6月25日提出)、第132期(2023年6月27日提出)、第131期(2022年6月24日提出)
- 同社『経営説明会2022 新中期経営計画2024』説明資料(2022年4月11日)および「経営説明会 要旨」
- 同社『中期経営計画2024 〜Be a Trailblazer〜 進捗状況』説明資料(2023年4月11日)および「経営説明会 要旨」
- 同社『中期経営計画2027 〜Trailblaze Together〜 進捗状況』説明資料(2026年4月15日)および「経営説明会 要旨」
- 同社『旭化成レポート2023』社長メッセージ
- 同社『旭化成レポート2025』CEOメッセージ
- 同社公式サイト「役員紹介」(2026年7月1日現在・2026年9月14日確認)
注記
- 本記事は公開情報をもとにLeaders Journal編集部が独自に分析・編集したものです
- 「営業利益2,700億円」は、中期経営計画2024における2024年度の目標であると同時に、中期経営計画2027における2027年度の目標でもあります。本記事では対象年度を併記して区別しています
- 中期経営計画2027は「営業利益2,700億円」と「のれん償却前営業利益3,060億円」の2つを並べて目標としています。本記事で扱っているのは前者です
- 2021年度のROE12.1%・ROIC7.8%は2022年4月の経営説明会資料に基づく見通し値です。同資料には括弧書きで10.5%・6.7%も併記されており、これは2020年度のVeloxis再編に伴う一時的な税金費用の低減効果(約240億円)を除いた場合の値です
- 引用文中の数字と単位のあいだの空白は、PDFからの文字抽出で生じたものを詰めています。文言そのものは原文のままです
- 経営説明会の「要旨」は同社が公開している文書で、逐語の記録ではありません。本記事の引用はその文面に従っています。また、2023年4月11日の要旨のうち説明部分には発言者名の記載がなく、質疑応答部分には発言者名が記されています。本記事はその区別に従って主語を書き分けています
- 本記事に引用した統合報告書のCEOメッセージは2025年版(2024年度時点)のものです。2026年版は2026年9月14日時点で未発行です
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