終わらせる判断ができる
自ら関わった事業のクローズを、社内で誰も言えなかった時期に自分から言っています。後継指名の第一の理由がこの一点でした。
引き受けて、前に進めた。
公開されているインタビュー、決算説明、企業サイト、ニュースリリースをもとに、その人物のキャリアと考え方を整理しました。
| 氏名 | 山﨑 将司(やまざき まさし) |
|---|---|
| 現職 | フラー株式会社 代表取締役社長 |
| 生年 | 1988年 |
| 出身 | 新潟県 |
| 学歴 | 新潟県立新潟高等学校、千葉大学工学部デザイン学科卒業 |
| 時期 | 内容 |
|---|---|
| 1988年 | 新潟県に生まれる |
| — | 千葉大学工学部デザイン学科を卒業後、富士通に入社。BtoBプロジェクトのUIデザイナーとして国際的なプロダクトデザイン賞 iF DESIGN AWARD を受賞 |
| 2015年3月 | フラー株式会社に参画 |
| — | 執行役員CDO(最高デザイン責任者)、執行役員COO(最高執行責任者)を歴任 |
| 2020年9月 | 創業者・渋谷修太氏より代表取締役社長を引き継ぐ |
| 2023年 | 上場を直前で中止 |
| 2024年6月 | ヤプリ、電通グループとそれぞれ資本業務提携 |
| 2025年7月24日 | 東京証券取引所グロース市場に上場 |
| 商号 | フラー株式会社 |
|---|---|
| 設立 | 2011年11月15日 |
| 事業 | デジタルパートナー事業(アプリの企画・デザイン・開発、アプリ分析サービス「App Ape」) |
| 上場 | 東京証券取引所グロース市場(証券コード 387A)・2025年7月24日上場 |
| 売上高 | 20億900万円(2026年6月期)※前期 20億899万円(2025年6月期・過去最高益) |
| 従業員数 | 約190名 |
| 拠点 | 二本社体制(千葉県柏市の柏の葉/新潟県新潟市。登記上の本店は新潟市中央区) |
| 社名の由来 | 炭素分子フラーレン。安定性と柔軟性という相反する性質を併せ持つ会社を目指して命名 |
フラーは、共同創業者4人が全員高専出身という珍しい会社です。経営陣8名のうち5名が高専卒、4名が新潟県出身。全国の高等専門学校との連携を続け、「高専のフラー」として認知されています。
その会社の社長である山﨑氏は、高専出身ではありません。新潟県立新潟高校から千葉大学工学部デザイン学科に進み、富士通でUIデザイナーとして国際的なデザイン賞を受賞したのち、2015年3月、27歳でフラーに参画しています。創業メンバーでもありません。
そこから最高デザイン責任者、最高執行責任者を経て、参画からわずか5年半で代表取締役社長に就いています。創業者の渋谷修太氏は、山﨑氏をこう評しています。
「山﨑は速い変化もゆっくりな変化も、両方バランスよくできる人です。スタートアップでも大企業でも働いていたからなのかな? 片方だけわかる、という人はよくいるけど、両方はなかなかいないですからね」
編集部では、この経歴を「傍流からの登用」として読みました。同質性の高い創業チームが100人規模に育つ局面で、中核の出身母体を共有していない人物が引き上げられている——ここに、この会社の意思決定の癖と、この人物の位置がよく表れています。
創業者が社長交代の理由を語った対談の中に、この人物を最もよく表す一節があります。渋谷氏は後継に選んだ理由の第一に、実績、それもある事業を終わらせた実績を挙げています。
「クローズしようという意思決定を自ら言えた、言ってくれた人というのは、それまで5,6年会社をやっていた中で、山﨑しかいませんでした」
一方、山﨑氏自身は、同じ出来事を最大の苦労として振り返っています。
「自分が一番苦労したのは、事業をクローズしたときですね。キッパリと撤退する、ということをあまりやってこなかった会社だったので、その分Jorenをクローズさせるときは本当に大変で、『このまま会社まで潰れてしまったら……』なんて思うくらいでした」
社長就任の打診に対しては、その場で即答したと述べています。「おもしろそう、やってみたい、自分ならできるかもしれない——そう思いました」。即答した根拠として挙げているのは、社内の人間を一番把握しているのは自分だという自負でした。
編集部では、この二つの証言が指している同じ一点に注目しました。社内で誰も言えなかったことを言った人物が、その一件をもって後継に指名されている。新しく始めた実績ではなく、終わらせた実績で選ばれているという点が、この会社の後継指名の特異さであり、同時にこの人物の性質を示しています。なおこの交代は、得意分野の押し付け合いではなく苦手の申告によって成立しています。渋谷氏は「『フラーにとって良いこと』だけを考えるのが苦手になってきているな」と自ら述べたうえで社長を譲り、山﨑氏は社内を最も把握しているという自負を根拠に引き受けました。
フラーは2023年、上場を直前で中止しています。情報管理の課題が理由でした。山﨑氏はこの経緯を、決算説明会で自ら説明しています。
「2年前の2023年には、上場直前で中止を判断し、そこから成長基盤を強化してきました」
強化した点として挙げているのは2点、新卒採用の本格化(2022年開始)と販売経路の拡大(2024年のヤプリ・電通グループとの資本業務提携)です。上場にあたっては、重要情報を扱う従業員への研修、監査役と内部監査によるチェック体制の拡充を行ったと述べています。そして2025年7月24日、東証グロース市場への上場を果たしました。
「2024年は上場中止からもう一度立て直して事業基盤を固めた年でした」
編集部では、この2年間をこの人物のキャリアで最も重い区間だと考えました。一度止まった手続きを、経営陣を替えずに同じ体制で通し直しています。畳む判断ができる人物が、今度は畳まずに立て直す側に回ったという点で、事業クローズの一件と対になる経験になっています。中止から上場までの2年間に、この会社の売上高は過去最高を更新しました。
渋谷氏は、山﨑氏のマネジメントを自分とは別種のものとして語っています。「自分がもともとやっていたのは、『こう行きたい、だから頼む!』とこちらから鼓舞する形でした。対して山﨑は、なるべくその場のメンバー一人ひとりに話を振って、全員を登場させようという形をとっています」。
山﨑氏自身も、メンバー全員との面談を実施し、採用の最終面接には必ず自分が入って応募者と対話していると述べています。社長就任後に自ら発案した全社の「ものづくり勉強会」は、毎回100人以上が参加する社内コンテンツになっています。
編集部では、これを「創業者の型を、継がなかった部分」として捉えました。この人物は「渋谷のファンとして、渋谷のやり方をずっと意識してやってきた」と語る一方で、鼓舞の仕方だけは置き換えています。カリスマの模倣ではなく、100人規模で機能する形に作り替える判断が働いたと考えられます。
山﨑氏が自社の強みとして挙げるのは、技術力でも規模でもなく、ユーザー体験を全社で共有する文化です。個人でユーザー体験をすることは簡単だが、デザイナーだけでなくエンジニア、ディレクター、全社員を巻き込むと格段に難易度が上がる、と述べたうえでこう続けています。
「一見するとお金や時間を無駄に使うことにも見えてしまうため、会社を経営する自分たちが良しとしないと会社ごととしてなかなか実現しない」
編集部では、この発言をこの人物の経営観が最も直接的に表れた箇所だと考えました。語られているのは福利厚生ではなく、「無駄に見えるものを無駄と呼ばないと決めるのが経営者の仕事だ」という職務の定義です。デザイナー出身の社長が、デザインを個人の技能ではなく会社の支出判断として扱っている——ここに、作り手が経営に就いたことの実質があります。同社が8年以上にわたって改善を続ける「長岡花火公式アプリ」が、リリースから6年後という異例のタイミングでグッドデザイン賞を受賞していることも、同じ判断の延長線上にあると考えられます。
2025年初頭の対談で、山﨑氏はスマートフォン市場についてこう述べています。「iPhone 16 proMAXを発売後すぐに購入したのですが、その進化が全然無くて個人的に衝撃を受けました。ハードとしてのスマホの進化はもう終わったのではとすら感じました」。
「『ムーアの法則』ってあるじゃないですか。(中略)そのムーアの法則が終わる前に先に人間が体感できる速度が終わってしまったわけですから」
そのうえで、進化の主戦場はハードから中身へ移ると述べ、「フラーがより戦いやすい市場環境が到来すると感じた瞬間でした」と結んでいます。
編集部では、この読み方に、この人物の情報源の取り方が表れていると考えました。市場分析のレポートではなく、自分が買った端末を触ったときの体感を出発点にして、そこから会社の追い風を導いています。15年以上デザイナーとしてスマートフォンを見てきたという自負が、そのまま経営判断の材料になっている例です。
編集部の見立てでは、「引き受ける型」です。
自ら旗を立てて先導するのではなく、誰も引き受けなかったものを引き受けることで前に進めてきたリーダーだと考えられます。社内で誰も言えなかった撤退を言い、創業者が苦手だと申告した内側の意思決定を引き取り、一度止まった上場を通し直しています。いずれも、新しく始めた仕事ではありません。
自ら関わった事業のクローズを、社内で誰も言えなかった時期に自分から言っています。後継指名の第一の理由がこの一点でした。
富士通での設計の作法と、100人規模までのスタートアップの速度の両方を経験しています。創業者自身が「片方だけわかる人はよくいるけど、両方はなかなかいない」と評価しています。
ユーザー体験を個人の心がけではなく、経営として費用と時間を割く対象に位置づけています。デザイナー出身の社長がいることの効果を、採用と定着の面からも自ら説明しています。
2023年の上場中止から2年、体制を替えずに採用と販路を強化し、売上高を過去最高に伸ばしたうえで上場を果たしています。
山﨑氏について公開情報を追っていくと、この人物は「始めた実績」でほとんど評価されていないことがわかります。
社長に指名された決め手は事業を畳んだこと。引き受けた役割は、創業者が苦手だと申告した内側の意思決定。上場も、新規に取りに行ったというより、一度止まったものを通し直した仕事です。いずれも、誰かが引き受けなければ会社が前に進まない場所で、手を挙げているという共通点があります。
高専出身者が中核を占める会社で高専出身ではなく、創業メンバーでもない人物が、参画5年半で社長になっている——その内訳を見ると、派手な立ち上げではなく、撤退・組織づくり・再申請といった引き受け手の少ない仕事の積み重ねでできています。
編集部では、この人物を「作り手の目線を、会社の支出判断に翻訳できる経営者」と捉えました。無駄に見える体験に会社の金と時間を使うと決めること、自分が買った端末の手触りから市場の転換点を読むこと、リリースから8年たったアプリを改善し続けること——いずれも、作る側にいた人間でなければ確信を持って決められない判断です。売上20億円規模から上場企業としての次の段階に入るこの会社で、その判断ができる人物が社長の位置にいることには整合があります。
本記事は公開情報をもとに Leaders Journal 編集部が独自に分析・編集したものです。記載内容の修正・削除のご依頼は、理由を問わずいつでも承ります。お問い合わせフォームよりお知らせください。